「正解はないよ」
― ボタンアートが教えてくれた“心の距離感” ―
今回の
『タツキ先生は甘すぎる』では、
ボタンアートという手法が使われていました。
ボタンを並べながら、
自分をどう感じているか
周りとの関係をどう感じているか
を、見える形にしていく。
とても興味深いシーンでした。
ボタンアートのおもしろさ
ボタンアートのおもしろいところは、
👉 「動かせる」
ということです。
絵は、
一度描くと、
位置を大きく変えることは難しい。
でも、
ボタンなら、
少し近づける
少し離す
重ねる
増やす
減らす
そんなふうに、
何度でも調整できます。
そして、
その調整をしていく中で、
「なんか違う」
「こっちの方がしっくりくる」
そんな感覚が生まれることがあります。
「正解はないよ」
今回、
タツキ先生が海音ちゃんに伝えた、
👉 「正解はないよ。海音がしっくりくるものでいいから」
という言葉も印象的でした。
私たちは、
つい
👉 「正しい答え」
を探そうとしてしまいます。
でも本当は、
心の中って、
自分でも説明できない
言葉にならない
まだ整理できていない
そんなことも多い。
だからこそ、
アートには、
👉 「なんとなく」
のまま表現できる良さがあります。
「期待に応えたい子」の気持ち
今回のドラマでは、
親の思いと、
子どもの気持ちの葛藤も描かれていました。
子どもは、
本当は、
「期待に応えたい」
「いい子でいたい」
「がっかりさせたくない」
そんな気持ちを抱えていることがあります。
でも、
頑張り続ける中で、
👉 「本当の自分の気持ち」
を、どこに置けばいいのかわからなくなることもあります。
苦しい
休みたい
逃げたい
でも、
「頑張らなきゃ」
「ちゃんとしなきゃ」
そんな思い込みの中で、
自分を追い込んでしまうこともあります。
海音ちゃんが「パパ」と呼んだ理由
今回、
海音ちゃんが、
タツキ先生を
👉 「パパ」
と呼ぶシーンも印象的でした。
もちろん、
ドラマなので、
本当の意味はわかりません。
でも私は、
そこに、
「安心したい」
「わかってほしい」
「受け止めてほしい」
そんな気持ちも、
含まれていたのではないかと感じました。
人は、
安心できる相手に、
「甘えたい」
「頼りたい」
と思うことがあります。
特に、
ずっと緊張していたり、
頑張り続けてきた子ほど、
👉 “安心できる居場所”
を求めていることがあります。
「理解しようとする過程」
アートセラピーでは、
👉 “答えを当てる” ことより、
👉 「理解しようとすること」
が大切だと言われています。
作品をじっと見つめる。
そっとなぞってみる。
同じように作ってみる。
そうしながら、
👉 「この人は何を感じているんだろう」
と考える。
その時間そのものが、
“理解しようとする関わり”
なのかもしれません。
子どもの絵も同じ
子どもの絵も、
「診断」するためだけのものではありません。
👉 「この子、今どんな気持ちなんだろう」
と、受け取ろうとすること。
「なんで?」より、
👉 「どうしたの?」
そんな関わり方につながっていくものだと思っています。
時代は、「正解」から「理解」へ
最近は、
教育の世界でも、
👉 「正解を教える」
だけではなく、
「子どもの声を聞く」
「安心できる関係性を作る」
「自己肯定感を育てる」
ことの大切さが、
改めて見直されるようになってきました。
子どもは、
安心できると、
話せる
表現できる
自分で考えられる
ようになります。
逆に、
否定される
急かされる
「ちゃんと」を求められ続ける
そんな状態では、
本音を隠してしまうこともあります。
だからこそ今、
必要なのは、
👉 「正しい関わり方」
だけではなく、
👉 「安心して表現できる空気」
なのかもしれません。
まとめ
ボタンアートは、
言葉にならない感覚を、
ゆっくり整理できるアートでした。
そしてそれは、
子どもの絵とも、
どこか似ているように感じます。
人は、
安心できると、
話せる
表現できる
本音を出せる
だからこそ、
「正解」
より、
👉 「しっくりくる感覚」
を大切にできる社会になったらいいなと思います。
そして、
子どもたちだけではなく、
👉 子どものことで悩む大人たち
もまた、少し安心できる社会につながっていったらと思っています🌿
